2026/01/27 14:47
「珈琲のプロ」として矜持を持って始めたはずが、いつの間にか「映えスイーツ」の提供に追われる毎日……。
最近、街の自家焙煎珈琲店に足を運ぶと、妙な違和感を覚えることがある。
入り口には立派な焙煎機。壁には産地ごとの豆の個性を記したカード。
しかし、カウンターの主役は豆ではない。
色鮮やかなケーキ、層になったパフェ、そして「期間限定」の文字が踊る華やかなスイーツたちだ。
本来、珈琲豆屋がカフェやスタンドを併設するのは「豆のポテンシャルを伝えるため」の出口戦略だったはずだ。
しかし、今の現状はどうだろう。
客の目的は、もはや「豆」ではない。
SNSで見た「映えるスイーツ」だ。
店主は、かつて情熱を注いだ「1ハゼのタイミング」や「焙煎プロファイル」よりも、生クリームの泡立て方や、ケーキの断面をどう綺麗に見せるかに心血を注いでいる。
気づけば、一日の大半をキッチンで過ごし、皿洗いに追われる日々。
「俺は、いったい何をやってるんだ?」
そんな虚しさが、焙煎機の予熱中にふと脳裏をよぎる。
スイーツに力を入れれば入れるほど、確かに客は来る。売上も上がるかもしれない。
だが、そこに来る客は「あなたの焼いた豆」のファンではない。
「お洒落な空間で甘いものが食べられる場所」の消費者でしかないのだ。
豆の在庫が回転せず、鮮度が落ちていく。
焙煎の技術を磨く時間が、トッピングの仕込みに消えていく。
「今日の豆は何ですか?」という質問よりも「フォークをもう一本ください」という要求の方が多くなる。
これは、豆屋としての「死」に等しいのではないか。
もちろん、商売としてサイドメニューを否定はしない。
しかし、サイドメニューがメインを食いつぶした瞬間、そこはもう「珈琲豆屋」ではない。
「珈琲も出しているスイーツ店」だ。
もし、あなたが「豆屋」としての矜持を1ミリでも持っているのなら、今一度焙煎機の前で自分に問い直すべきだ。
その手についているのは、珈琲のチャフか、それとも小麦粉の粉末か。
「映え」に魂を売った先に、職人としての未来はない。
甘いケーキの香りに隠れて、自慢の珈琲の香りが死んでしまっていないか。
今の自分を、かつて理想とした「焙煎士」が見たら、一体どんな顔をするだろう。
